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  太田浅次略歴
 
 
 
ミーちゃん有難う、私達はお前を忘れない -   愛猫日記
 猫の性格付けは生まれてから3ヶ月位で決まるといわれている。ミーは生まれたのも野原、成長過程での3ヶ月も自然の中だった。家の中に居るのが苦痛なのだろう。次第に外にいる時間が長くなった。
 どんなに悪天候(台風のような日も)でも一度は出て行った。こんな日は早く帰ってきたが・・・。いつの間にか早朝5時頃になると、私を起こしにくるようになった。顔を近づけ、遠慮がちに「ミャー」と声を掛けた。
 それまで二階に寝ていた私は一階に寝室を移した。(ミーが起こしに来ると戸を開けてやり、再びふとんにもぐり込む) 生活習慣が少し変わった。

 ミーは人には慣れなかった。<くりはま花の国>にいた頃は誰にでも抱かれていたし、逃げようともしなかったのに不思議だった。あれはミーの処世術だったのだろうか。抱かれたり、すり寄ってくるのは妻と私の二人だけ。
 特に妻にはだらしがないくらい甘えた。外から帰ってきて食事をし、眠くなると決まって妻の膝の上に飛び乗り、両手を妻の肩にかけて、独特のシャガレ声でクックッと鳴きながら目を閉じ、やがてぐっすりと寝込むのだった。
 時々留守番に来る長男の顔は憶えているらしく、甘えるような態度は見せなかったが逃げるようなことは無かった。
 来客があり玄関のチャイムが鳴るだけで怯えた。家の中で寝ている時でも外に出してくれとせがんだ。来客中は外に出て時々ガラス戸越しに様子を見に来るが、居る間は絶対に家の中に入ろうとはしなかった。

 ミーが家族の一員となってからの1年後(2000・11・14)近くに住んでいる長男と長女にフーとミーの世話を頼んで私達のイタリア旅行は実現した。
 その後、年2回海外旅行に出かけるようになったが、帰ってきてフーとミーの元気な姿を見ると安心するのだった。
 フーやミーが外へ出て行く時は「気をつけて行くんだよ」と一声掛け、我々が外出から帰ってきて先ず口にするのは決まって「フーミーは居る?」とその姿を確認することだった。居れば安心、居なければ心配、ミーの姿は見えないことが多かったが、我々が帰って来た様子を何処かで見ているのか、すぐにガラス戸の外に姿を見せ、ミャー(お帰りなさい)と一声鳴いた。幸せの日々が続いた。
 そしてこの日(2002・10・31)、ミーは突然逝った。与えられた命は僅か3年だった。1日にして私達とフーの生活が3年前に戻った。ミーと暮らした3年が幻のように思えた。外に出さなければ危険は少なく、死を早めることは無かったろう。家の中で生まれ育った猫なら外にださずに一緒に暮らせただろう。
 外を怖がる猫を私も沢山知っている。しかし、自然の中で生まれ育ったミーを家に閉じ込めておくのは余りにも酷だった。
 2002・11・12から1週間、予定通りイギリスに行った。帰宅して出迎えたのはフーだけだった。

2002・12・7(土)

 あぁいい気持ち! 家にいると安心なのか、いつもこんな格好で  写真拡大

 10月〜11月にかけて愛するペットを亡くした人々が集まる合同供養がペット霊園で行われた。あいにく冷たい雨が降っていたが60〜70人位参加していただろうか。私達夫婦もミーの遺骨を抱えてその中に加わった。祭壇には塔婆が建てられ花で埋まっていた。お坊さんの読経が始まった。太田家のミー3才没∴鼬ャ一軒のペット名が丁寧に読み上げられた。周囲からすすり泣く声が聞こえた。妻もハンカチで目がしらを押さえている。
 お坊さんが説教の中でこう言った。「皆さんの哀しい気持はよく分かります。
 動物が人間と大きく違うところは、動物は明日を考えて行動しているのではありません。瞬間々を精一杯生きているのです。だから、もっと長生きして欲しかった、残念だ、悔しいと思われるでしょうが、いつまでも後を引きずっては いけない、愛するペット達が安心して天国へ行けません。有難う≠ニ言って天国へ送ってあげて下さい」

2002・12・18(水)
 ミーの四十九日。ミーを忘れることは出来ないが心の整理をする事と、ミーへの想いを書き残しておきたい気持で出会いから別れまでを思い出すままに書いた。ミーが死んだ2週間後「ペットとの暮らし方」という記事が目に入った。

 内容の一部に「動物との距離感を持て、日本人はペットとの距離を取るのが下手」「動物に生活を振り回されている人が多い、人生を豊かにするはずの動物が逆に暮らしを狭めてしまうのは本末転倒だ」との指摘があった。
しかし、ペットと一緒に暮らしている人はそれぞれの生活パターンを持ち、ペットとの折り合いをつけていると思う。 一概に「・・・暮らしを狭めてしまうのは本末転倒」と決め付けるのはどうだろうか。
 またある人はこう言った「世の中には毎日多くの不条理で切ない出来事が起き、突然悲しみのどん底に突き落とされる人が沢山いる。たかがペットの死で・・・
 もっと広い視野で世の中を見なければいけない」と。いずれも間違いではない。
 だが、心の中で何か割り切れないものを感じた。
 私達はミーを家族の一員として寝食を共にし、愛情を注いできた。だから涙を流した。 「動物は人間と同じではない」 ペットロス症候群にならないための忠告として受け止めるなら、それはそれとして理解できるが。
 私達夫婦が猫を大好きだと知っている友人が、ミーの替わりとして子猫を飼わないか、と言ってくれたが「今は飼えない」と断った。私達はもう若くない。
 飼い主だけを頼りに生きているペットに対し飼い主が先に居なくなったら、と思うからだ。(しかし、ミーと同じ様な猫とならまた一緒に暮らしたい、と思う気持ちも強い)
 締めくくりとして、我が家の猫たちがご近所の庭に足を踏み入れていた(いる) ことをお詫びしたい。糞や尿の排泄物は我が家のトイレで用を足していることが多かったので、多大なご迷惑はかけていなかったと思うが皆無とは言えない。併せてお赦し願いたいと思っている。

 私も車の運転をする。住宅地や道幅の狭い通りは、いつ何が飛び出すか分からないから何時でも止められる速度で走るように心掛けている。

 猫(ペット)たちの一番幸せな生き方を知りたい。
 最後にもう一度「ミーちゃん有難う、もう一度会いたい、抱きしめたい」

                    2002年(平成14年)12月18日(水)
                              浅次・京子

                                   
その後・・・
 2002・12・24(火)  午後8時頃、買い物帰りの私達が乗った車はミーが跳ねられたと思われる場所に通りかかった。その時、前方に一匹の猫が車のライトに映し出された。猫は自分の近くに車を見ながらも立ち止まろうともせず、ましてや後ずさりする様子などまったく見せなかった。
 ただ一直線に前を突き進み、近くの家の中に入って行った。急停止出来る速度で走っていたので何事もなかった。
 ここは狭い住宅地、ドライバーの皆さんにお願いします。
ゆっくり走って下さい、いつでも車が急停止出来るように