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富残した家訓に学ぶ
古今東西をとわず、ことわざ、格言、名言、家訓は、その時代に生きた人々の生活実感からにじみ出たものであり、長く引き継がれています。そして現代社会にも数多くの共感をもたらしています。多くの富を残した家訓をみると、ほとんどといっていいくらい他人からお金を借りるな、また容易に貸すなという項目が入っています。 大阪の富豪だった青谷家では、八つの禁物の一つとして「金銭を借り女に迷うこと」を明記し、長野県の養蚕家として有名だった曲家では、「家族の承を得ずして金銭物品を供用し及び購入したるとき」を罰則事項としていました。岡山県で製塩業を営んでいた野崎家では、事業がうまくいかなくなったら借金をするよりも、むしろ早期撤退を図れと説いています。世間に隠し立てをせずに、まず家屋の居住スペースを縮めよ、その締め方も、表座敷から中座敷というように、必要のない建物から壊して売却し、それでも立ち直れなかったら道具類、公債、下田(収穫のよくない田畑)から中田と手放していくべきだと詳しく説明しているのです。 これらの家訓は、富を蓄えたファミリーの最高責任者が子孫が浪費して家運が衰退するのを恐れ、歯止めをかけるために賢い戒めとしてつくったわけですから、守りの姿勢で貫かれています。 福沢諭吉は著書「福翁自伝」の中で、父親の死後、母親が貧乏に苦しむ姿をみて次のように考えるようになったと告白しています。「およそ世の中に何が怖いと言っても、暗殺は別にして借金ぐらい怖いものはない。他人に対して金銭の不義理相済まぬことと決定すれば、借金はますます怖くなります」と。 時代が移り変わっても格言や名言などの底流にある、本質的なものは変わるわけではありません。 |